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カテゴリ: 人物
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芥川龍之介
あくたがわ りゅうのすけ
芥川龍之介
生没 1892年-1927年
性別 男性
出生地 東京市京橋区入船町8丁目
小説家
補足・その他 東京帝国大学英文科卒業
説明・解説 日本の小説家。号は澄江堂主人、俳号は我鬼。短編の作品が多い。代表作・「羅生門」「鼻」「戯作三昧」「地獄変」「藪の中」「河童」「歯車」など。
キーワード 小説家 , 作家 , 芥川賞 , 日本文学 , 小説
時代 西暦(年号) 日付 出来事 参考(写真) 編集
明治 1892年
(明治25年)
03月01日 東京市京橋区入船町八丁目一番地の牛乳屋を営む新原敏三、フクの長男として生まれる。 編集
10月 母が精神に異常をきたす。そのため、母フクの実家・芥川家に引き取られる。 編集
1893年
(明治26年)
実父・新原敏三は芝区新銭座町十六番地に転居。 編集
1897年
(明治30年)
04月 江東尋常小学校附属幼稚園に入学。 編集
1898年
(明治31年)
04月 江東尋常小学校に入学。 編集
1902年
(明治35年)
04月 江東小学校高等科に進学。 編集
11月 実母・フク死去。 編集
1904年
(明治37年)
08月 新原家から除籍され、芥川家に養嗣子(ようしし)となる。 編集
1905年
(明治38年)
04月 東京府立第三中学校に入学。 編集
1910年
(明治43年)
03月 府立第三中学校を卒業。 編集
03月 府立第三中学校を卒業。 編集
09月 第一高等学校一部乙類(文科)に入学。 編集
10月 本所小泉町から府下豊多摩郡内藤新宿二丁目七一番地に転居。 編集
大正 1913年
(大正2年)
07月 第一高等学校を卒業。 編集
09月 東京帝国大学文科大学英吉利文学科に入学。 編集
1914年
(大正3年)
10月 新宿から東京府北豊島郡滝野川町字田端四三五番地に転居。 編集
1915年
(大正4年)
吉田弥生との恋愛が破局。 編集
小説「鼻」を書き始める。                   編集
08月 友人井川(恒藤)恭の招きで島根県松江市を訪ねる。 編集
08月 小説「羅生門」を書き終える。 編集
10月 級友・鈴木三重吉の紹介で夏目漱石門下に入る。 編集
11月 小説「羅生門」を雑誌「帝国文学」へ発表。東京帝国大学在学中の無名作家時代。 編集
1916年
(大正5年)
短編小説「鼻」を『新思潮』の創刊号で発表。 編集
07月 東京帝国大学文科大学英吉利文学科を卒業。 編集
12月 海軍機関学校教授嘱託、鎌倉へ転居。 編集
1918年
(大正7年)
短編小説「蜘蛛の糸」を児童向文芸誌「赤い鳥」創刊号で発表。 編集
1919年
(大正8年)
03月12日 友人・山本喜誉司の姉の娘である塚本文と結婚。文は、海軍少佐・塚本善五郎の娘。 編集
03月16日 実父・新原敏三死去。 編集
1920年
(大正9年)
03月30日 龍之介の長男・芥川比呂志が誕生。 編集
1921年
(大正10年)
03月 大阪毎日新聞社の海外視察員として中国に行く。 編集
1922年
(大正11年)
『トロッコ』出版 編集
05月 初の随筆集「点心」(金星堂)刊行。 編集
11月08日 龍之介の次男・芥川多加志が誕生。 編集
1923年
(大正12年)
心身衰え始め、神経衰弱、腸カタルなどを病んでいたため、神奈川県湯河原町へ湯治。 編集
1925年
(大正14年)
07月12日 龍之介の三男・芥川也寸志が誕生。 編集
昭和 1927年
(昭和2年)
小説「河童(かっぱ)」を総合雑誌『改造』誌上に発表。 編集
01月 義兄・西川豊が放火と保険金詐欺の嫌疑をかけられる。後に鉄道自殺する。 編集
07月24日 田端の自室で服毒自殺。※使用した薬品は、ベロナールとジェノアルと言われている。当日の天候は雨。 編集
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