年ぴよ 年表サイト

カテゴリ: 人物
評価: 少し良い
画像なし
しば りょうたろう
司馬遼太郎
生没 1923年8月7日 - 1996年2月12日
性別 男性
出生地 大阪府大阪市
作家
補足・その他
説明・解説 日本の小説家、ノンフィクション作家、評論家。代表作に『竜馬がゆく』『燃えよ剣』『国盗り物語』『坂の上の雲』など多くがあり、戦国・幕末・明治を扱った作品が多い。
キーワード 作家 , 文学
時代 西暦(年号) 日付 出来事 参考(写真) 編集
大正 1923年
(大正12年)
08月07日 大阪市浪速区西神田に生まれる。 編集
昭和 1930年
(昭和5年)
大阪市立難波塩草尋常小学校入学。 編集
1936年
(昭和11年)
私立上宮中学校(現在の上宮高等学校)へ進学。 編集
1940年
(昭和15年)
上宮中を卒業。 編集
1941年
(昭和16年)
大阪外国語学校(新制大阪外国語大学の前身、現在の大阪大学外国語学部)蒙古語科入学。 編集
1943年
(昭和18年)
学徒出陣のため大阪外国語学校を卒業。兵庫県加古郡(現在の加古川市)にあった戦車第19連隊に入営。 編集
1944年
(昭和19年)
満州の戦車第1連隊に配属される。 編集
1945年
(昭和20年)
本土防衛のための第12方面軍第36軍戦車第1師団戦車第1連隊付小隊長として栃木県佐野市に配属され終戦を迎える。 編集
新世界新聞に入社。 編集
1946年
(昭和21年)
新日本新聞社に入社。京都支社に配属となる。 編集
1948年
(昭和23年)
02月 新日本新聞社倒産。 編集
05月 産業経済新聞社入社、京都支局に配属となる。 編集
06月 福井地震発生。新人ながら応援記者として福井に赴く。 編集
1950年
(昭和25年)
最初の結婚。同年の金閣寺放火事件では住職等から犯行の動機をすっぱ抜く。 編集
1952年
(昭和27年)
長男誕生。 編集
1954年
(昭和29年)
離婚。長男は実家の福田家に預けられる。 編集
1956年
(昭和31年)
大阪本社勤務の傍ら短編小説「ペルシャの幻術師」を講談社の懸賞に募集。第8回講談倶楽部賞を受賞し文壇にデビューする。 編集
1959年
(昭和34年)
松見みどりと結婚。 編集
1960年
(昭和35年)
『梟の城』にて第42回直木賞受賞。 編集
1961年
(昭和36年)
産経新聞社退社。執筆活動に専念する。 編集
1964年
(昭和39年)
現在、司馬遼太郎記念館のある大阪府布施市下小阪(現在の東大阪市下小阪)に転居。 編集
1966年
(昭和41年)
『竜馬がゆく』『国盗り物語』にて第14回菊池寛賞受賞。 編集
1981年
(昭和56年)
日本芸術院会員となる。 編集
1986年
(昭和61年)
財団法人大阪国際児童文学館理事長に就任(1990年)。 編集
平成 1991年
(平成3年)
文化功労者に選ばれる。 編集
1993年
(平成5年)
文化勲章受章。 編集
1996年
(平成8年)
02月12日 腹部大動脈瘤破裂のため国立大阪病院にて死去。享年72。従三位に叙され銀杯一組を追賜される。忌日は生前好きだった菜の花に因み「菜の花忌」と呼ばれる。墓所は京都市東山区。 編集
03月04日 東大阪市名誉市民となる。 編集
11月01日 (財)司馬遼太郎記念財団発足。 編集
2001年
(平成13年)
11月01日 司馬遼太郎記念館が自宅隣接地に開館。 編集
年表の評価  [任意 - 評価:自由/コメント:全角200文字まで]
とても良い 良い 普通 悪い とても悪い
★年表に関して、ご意見・ご指摘等がありましたら入力してください。
このエントリーをはてなブックマークに追加